ありふれた家庭に生まれて。
ありきたりな教育を受けて育った。
ただ——
——蟻を潰すのが好きだった。
「なあ! 昨日の『勇者ヤットリ』の最終回観た?」
小学校の教室。
僕たちは、先日に放送されたアニメの話で盛り上がっていた。
『勇者ヤットリ』は当時の子供たちの間で大流行していた、王道冒険ファンタジーだ。
「大悪魔のジオン! 本当は妹のために戦ってたんだなー!!」
「あー、俺ジオンが一番好きになったわ!!」
「|加太郎《かたろう》は?」
「加太郎は?」
安達加太郎は僕の名だ。
話を振られたんだ。
当然、僕は応える。
「僕は、ネパルゲが好きだなぁ。3話でヒロインを人質にとるやつ」
「はあ?」
「あんなのの、どこが良いんだよ?」
「…………」
いまの今まで盛り上がっていたものが、急に冷めたのを感じる。
いつもこんな感じだった。
結局は良いやつだったていう大悪魔よりも、なんの補填もされないままの小悪党キャラに惹かれる。
そんな、ちょっとズレてる自分に、妙な優越感を覚えたりもした。
なんてことない。どこにでもいる、ひねた餓鬼。
——悪いキャラが好きな僕はきっと、悪い人間なんだろうなぁ……。
——でも悪い人とも、なんか違うような気がする。
——どうしてだろう?
中学に入ると、周りにもちらほら『悪いこと』をする人が増えてきた。
万引きとか、飲酒とか、タバコとか。
なぜか決まって、そういうことをする彼らは、クラスでの人気者だったりするけど……。
「なあ。ちょっと金貸してくれよ」
校舎裏。
集団で、ひとりの男子生徒を囲み、金銭を無心しようとする。
いわゆる『不良グループ』がそこにいた。
囲まれた男子生徒は体格も小さく、ひどく怯えている様子。
……気に入らない。
「助けてやろうか?」
「あ?」
僕は不良グループに割って入った。
知らない生徒たちだったけど、この行為を見過ごすことは、僕には出来なかった。
だから――
――僕は思いっきり、金をせびられていた生徒を蹴りつけた。
「い……っ!?」
彼は呻き声をあげたが、僕はやめない。
何度も蹴り続けた。
「お……おい。お前、なにすんだ……」
不良グループの一人が、僕の肩を掴み静止しようとする。
「別にさ。胸倉掴んだりとか、言葉で脅したりよりさ。こうして後から財布漁ったほうが早いじゃん。どうせチクる度胸とかもないんだしさ」
人間の成長とは『悪さ』の成長で。
だからこそ人類は発展してこれた。
僕は蹴りつける足を止めない。
周囲の悪行が、とても薄っぺらいもののように感じて、それゆえの行動だった。
僕なら全く、ためらわずにやれる。
もっともっと弱者を、喜々としていたぶれる。
その点において、僕は君たちよりも優れている。
「だから。手助けするから。分け前頂戴」
ゴンッ!
不良グループのリーダー格のやつが、僕を殴りつける。
細身の僕はたまらず、地に伏せられた。
「横から出てきて、わけわかんねぇこと言ってんじゃねえよ」
「あー、冷めたわ。行こうぜ」
「…………」
グループが立ち去るのを見てから、金をせびられていた生徒が立ち上がる。
僕が蹴りつけた腹部をおさえながら、見下すように睨みつけられる。
「……なに、その目?」
僕は半身を起き上がらせ、彼に向って言った。
ちゃんと目を見て言った。
「僕のおかげで君はお金を取られずに済んだんだよ? 君は僕に感謝する、それが筋ってもんでしょう? そんなこともわからないから、恐喝なんてされるんじゃないの?」
ちゃんと、笑顔で。
彼に、優しく世の道理を説くのが、いまの僕の役目だろう。
「それを僕が身を呈して教えたんだからさぁ。ほら、言ってよ。『ありがとう』って」
「……なんだよ、お前。――――気持ち悪い」
意外。
本気でお礼を言われるとは思わなかったが、そんな暴言を吐かれるとは。
気持ち悪いだってさ。
「……あー。なるほど」
どうやら僕は『悪いやつ』ではなく『気持ち悪いやつ』らしい。
反省した。
やめよう。こういうことは。
「悪と違って、醜悪は…………晒しちゃいけない」
そう学んだ。
「不良やヤンキーとかでもさ。結局みんな根が仲間想いだったり、努力家だったりしちゃってさ。いつか更生して大人になっていくものだよね。『若いときは誰もが通る道だー』なんて言ってさ」
「思うに彼らが誇示したいのは『悪さ』じゃなくて『力』なんだ。悪いことが出来ますよっていう力」
「自己顕示。縄張り争いにも似た、純粋な動物的欲求」
「だけど僕はもっと、もっと根本的に好きなんだ」
「誰かが嫌な気分になったり、気持ち悪いって思ったりするのがさ」
「家庭環境が悪かったり、変なトラウマを抱えてたり。そんなのは全然ないんだけど……」
「……僕は心の芯のところから、酷く醜い」
人を不快にさせるのが好き。
好意を無下にするのが好き。
努力を蔑ろにするのが好き。
「へー、そういうふうなんだ。安達くんって」
夜の公園。
もう年齢とは不相応になったであろう、ブランコをゆっくりと漕ぎながら、彼女は笑った。
「少し意外かも」
同じ学習塾に通う、佐村さん。
同じ学年。つまり中学生。
外見的特徴。身長百五十センチ後半ほど。ボブカット。
「でもクラスでは、割とおとなしい感じだよね。安達くんって」
「まあね。嫌われちゃうってわかったから」
僕は彼女と目を合わせずに答える。
「悪者は生きていけるかもしれないけど。嫌われ者は生きていけない」
みんなの輪に入れないやつは、簡単に押しつぶされるから。
「でも、みんなそうなんじゃないのかな?」
佐村さんは、軽く勢いをつけてブランコから飛び降り、僕の方を振り返って言った。
「誰だって心に汚いとこを抱えて生きているよ。わたしだって、そうだもん」
内面的特徴。人の目をみて話す。
「ふふ。なんだか少し嬉しいかも。安達くんの心の声が聞けたって感じでさ!」
彼女とは、塾からの帰り道が一緒でよく話すようになった。
彼女はどこまで、僕のことを理解してくれてるのだろうか。
『人の嫌がる様が好き』
つまりそれは、僕にもなにかを好きになる感情があるということで。
その感情を彼女に伝えることは——
——やっぱり、できない。
どうなるかなんて、わかりきっているから。