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バイトの子に数名に誘われて、麻雀大会への参加することになりました。
他の麻雀店舗で開催している大会で、総勢36名参加。
なかなかの規模です。成績上位には賞金も出るそうです。
こちらは、わたしと男性バイト3名で参戦することになりました。
そしてなぜか、ピンクちゃんも応援と称してついてきていました。
普段は気を使って、麻雀が出来ないピンクちゃんの前では麻雀話を控えるメンバーですが、大会参加への興奮からか、開始までの時間は専ら麻雀についての会話でした。
おのずとピンクちゃんを除いて盛り上がる形となってしまいます。
珍しく彼女が、つまらなそうな表情を覗かせていた。そのように感じたのは、気のせいではないでしょう。
――――そんなに男からチヤホヤされたい?
ピンクちゃんに、その言葉を吐かれてから、まだあまり日は経っておりません。
あれから特になにかが起きたりは、ありませんでした。
ただピンクちゃんがわたしに話しかけてくる頻度は、少しだけ減ったような気がします。
うそです。全く話しかけてくれなくなってました。
つまり、無視です。
昔のお父さんや、あの女の人がわたしにしたように、無視をされてるってだけです。
それは大会当日も例外ではありません。
わたしが勇気を出して、会話の輪に入れないピンクちゃんに麻雀以外の話を振ってみても、
「…………」
と、顔を背けて押し黙ったままでした。
別に良いんですけどね。慣れてますし。
慣れてるけど、いろいろ思い出すから良くないんですけどね。
大会は36名を予選の9卓に分けて、それぞれで東南戦を行います。
50分打ち切りを3試合行い、全卓での総合得点上位4名で新たに卓を立てて決勝戦を行うようです。
観戦者や大会参加者でも早くに試合が終わった人は自由に後見が可能で、試合中の人もサイドテーブルに携帯電話を置いていたりなど、賞金が出る割にはいろいろとフリーダム感がいなめないものでした。
まあ麻雀店で運営している大会なんて、こんなものでしょう。
わたしたちはみんな、予選卓は別々でした。
ピンクちゃんは麻雀わからないながらも、チョロチョロとした感じで、みんなのまわりを回っています。
そして「頑張ってー」とか「負けるなー」とか。
そんな声援を送っていました。
わたし以外にですけれど。
今さらって感じですけが、確信です。
彼女は、最近みんなと打ち解けてきたわたしが気に入らないのでしょう。
そういえば、お父さんがわたしに麻雀の話をしてくれ始めたときの、あの人もそうでした。
はじめは地味で無害そうだったから優しくしてたけど、自分の地位を脅かすかもしれないとなった途端に、これです。
もともとそういった気質があることは気づいていましたが、あからさまに冷たくする態度には傷つきました。
どうせ裏でみんなに、わたしのあることないことを言うに決まってます。「まわりに色目使ってる」とか「〇〇くんの悪口言ってたよー」とか
『媚売ってるなよ』とか『あんたさえいなければ』とか『邪魔』とか。
荷物を隠されたり、仕事の連携をしてくれなかったり、女特有の陰湿なイジメをされたら、どうしましょう。
掃除や洗濯を押し付けて、うまく出来なかったら怒鳴りつけるのです。外傷が目立つ顔以外の部分をつねったり叩いたり。ご飯を抜いたりして。
だから女なんて嫌いなんです。いえ、これ全部ただのわたしの被害妄想なんですけどね。
だからわたしは、あの人が嫌いでした。血の繋がりなんて、なんの関係もないんだなって思わせる、あの人が。
ただピンクちゃんには、これから今まで以上に警戒しなくちゃなって思います。
あの人がわたしを無視し続けるから、わたしは居場所を求めてお父さんに媚を売るしかなかったんじゃないか。あの人はよく、わたしに生まれてこなければ良かったというが、それはわたしも同じだ。わたしもあなたのもとに生まれなかったらもう少し、まともな人生を送れただろう。
ピンクちゃんが今の男にチヤホヤされている環境が気に入ってると分かった以上、わたしは全力でその立場を奪いにいかなくては――――
立場の弱かったわたしにした散々な行いは絶対に忘れない。もう決して、あのころのような痛みは味わない。そのためにわたしはこの弱い立場を払拭するんだ。周りを男で固め、手出しできないところまで行く。そう決めた。だからわたしはあの家を出たんだ。唯一の男ウケする麻雀という利点を活かして、頑張るんだ。男にチヤホヤされるように、頑張るんだ。もうひとりぼっちは嫌だから。わたしには、それしか、自分の身を守る方法を知らないから。
――――そう思いました。
わたしの予選卓での成績は、3着―1着―1着。
なんと総合4位で決勝卓進出です!!
いっしょに参加した男性メンバーは全員予選落ちのようでした。
「おめでとう」「決勝も頑張れよ」みたいなことを言ってもらえるのかなと思っていたのですが、そんな言葉はありませんでした。
みんな、わたしに一瞥もなく、ピンクちゃんのもとへ集まります。
そして「おれ、頑張ったんだけどさ……」みたいなことを、口ぐちに言っていました。無念そうな、それでもやりきったみたいな表情を浮かべながら。
そんな彼らを励ますピンクちゃん。
「〇〇くん、惜しかったね」
「負けっちゃったけど、でも、格好良かったよ」
店内に、ひときわ高い声が響いていました。
なんか、あーいうのを見ると邪推してしまいます。
この大会にわたしを誘ってくれたのも、ただ単に女の子をメンバーに入れて、ピンクちゃんを誘いやすくしたかっただけなのだろうなって。
結局みんな彼女に格好良いところを見せたかっただけで、わたしのことなんかどうでもいいんだろうなって。
わたしとピンクちゃんの違いってなに?
わたしもあんなふうに、お姫様扱いされたいよ。
決勝戦は1回勝負。
佳境とも言える南場を迎えたときの、わたしは2着目でした。
トップ目の方に、ダメ押しのドラポンが入ります。
そのとき――――あのアカウントからの通知音が鳴りました。
7
【南一局 1本場】
東 上家 40,900
南 わたし 31,700
西 下家 18,600
北 対面 8,800
ドラ:發
【上家:トップ目 ドラ發ポン】
トップ目 ドラ發ポン
【上家 捨牌】
上家 捨牌
【わたし:2着目 手配】
2着目 手配
麻雀大会決勝卓。
なんとか2着目で迎えた南一局に、トップ目親のドラポンです。
和了されてしまうとダメ押しの決定打。
親が残っているとはいえ、わたしの優勝は絶望的になるといっていいでしょう。
ラス目の対面さんは、ドラを鳴かせた後は絞り気味。
下家さんも、親に通りそうな牌ばかりしか切っておらず頼りになりません。
つまり――――勝負所というやつです。
「チー!」
わたしは嵌6筒を仕掛けました。
普段ならグズグズの手配で、こんな鳴きはいたしません。
トップも諦めて守備的に打ちます。
しかし今日はワンデイの大会です。
危険を顧みず、自らトップを取りにいこうではありませんか。
「ポン」
わたし 手配
歯を食いしばって、ふたつ鳴いても、この形。
正直、怖くて仕方がありません。
お父さんなら「いま麻雀の神様と戦ってるんだ」なんて言って笑うでしょうか。
わたしにはよくわかりません。
麻雀なんて、所詮道具のひとつにすぎませんから。
配牌は整っていた方がいいに決まってるし、
試練は少ないに越したことはありません。
お父さんを味方につけるためのツールでしかない麻雀。
男と円滑にコミュニケーションをとるためでしかない麻雀。
なのになんでわたしは、この手を和了ろうと必死なのでしょう。
上家から打たれた6萬。
わたしが発声のために吸い込んむ息に重なるように、サイドテーブルのアイフォンが通知のバイブ音を鳴らしました。
ホーム画面に表示されたメッセージを横目で確認します。
あのアカウントから。
『動かなければ願いが叶う』
――――は?
意味はすぐに理解できました。
いま出た牌を鳴かずにスルーしろと言っているのです。
いやいや、まったく間一髪。
危うくメッセージに気づかず発声してしまうところでした!
わたしがこのアカウントに送った願いは全部で4つ。
そのうち3つが叶いましたから、残りはあとひとつ。
『男にチヤホヤされたい』です。
わたしの悲願とも言えます。
そのために生きていると言っても過言ではありません。
今か今かと待ち望んでいたこの瞬間。
この願いさえ叶うのならば、もう無理に麻雀を続ける必要もなくなります。
ピンクちゃんみたいに、男に囲われキャッキャウフフと過ごすのです。
ドクンドクンと胸の高鳴りが抑えきれません。
…………だけど。
「チー」
この3フーロで大会会場が若干盛り上がったように感じました。
「親のドラポンを蹴れれば、勝負はまだわからないぞ!」という興奮した声が耳に入ります
なにをしているんですかね、わたしは。
配牌から出来上がっていた16,000点は捨てられても、
なぜかこの1,000点のテンパイを捨てることができませんでした。
苦境の最中、グズグズの手から必死に手繰り寄せたテンパイが
なんだか自分と重なってしまったから?
いいえ。違います。
本当は嫌だったのです。
自分で気づかなかっただけで、
ずっとずっと嫌だったのです。
わたしにとって麻雀は、男にチヤホヤされるための道具です。
そして――――お父さんとの思い出でもあります。
お父さんに喜んでもらうために麻雀を覚えました。勉強しました。一生懸命でした。
だから嫌に決まってます。
わけのわからないアカウントの指示で、
自分の麻雀を曲げられるのが。
だって――――
「ツモ」
――――これは自分の頑張ってきた証なんだから。
「300-500は、400-600」
わたしは手に来た7索をそっと卓に置き、4センチの手を倒しました。
わたしはもしかしたら、麻雀が好きなのかもしれません。
8
その日から、あのアカウントからのメッセージはパッタリとなくなりました。
それどころかメッセージがあった履歴自体が消えています。
ついでに言うと、わたしの巨乳もなくなりました。
いや『巨乳がなくなった』ってなんだよという感じですが、事実そうなのです。スットントンです。
結局、麻雀大会も総合3位で終了です。
あの後は手が入らないうえに、下家が親のとき跳満に放銃してしまいました。
現実なんてこんなもんですよね。
――――現実。
いったいどこからが現実だったのでしょうか。
一緒に参加した男性メンバーからは、すっごく称賛の声をいただきました。
「すげー良かったよ!」
「あんなに麻雀上手かったんだな」
「こんど一緒にセットしようや」
お姫様扱いのチヤホヤとは違いますが、悪い気はしません。
むしろ本当は、こういうのを望んでいたのです。
それなのに、ピンクちゃんやあの女のような立ち位置と比べ、自身の本当の喜びを見失っていたのかもしれません。
わたしは麻雀を捨てることはできませんでした。
それはつまり、男性とも対等であり続けるという決定に他ならないと思います。
卓上では性別なんて関係ありませんからね。
わたしは今、自分の『麻雀が好き』という気持ちに向き合い始めました。
実はプロ試験なんかも受けちゃったりして。
見事合格することができました、褒めてください。
本当に好きなことがハッキリして、それに対して努力を重ねる日々は、とても充実感に溢れています。
男にチヤホヤされようと躍起になっていた日々とは、比べ物にならないほどに。
それは現実です。
さて、では現実じゃない部分とは、どこでしょうか。
統合失調症――妄想型。
端的に言ってしまうと、わたしはそれだったのでしょう。
長年続いた不安定な家庭環境。
上京によって急激に変わった生活環境。
『男にもてはやされなくては、女として生きる意味がない』という、くだらない価値観へのプレッシャー。
知らず知らずのうちに、心に負荷が積み重なり、わたしは現実と虚構の区別がつかなくなっていました。
あたりまえの話です。
現実には、願いを叶えてくれるメッセージアプリのアカウントなんて存在しません。
ある日、突然、巨乳になるなんてありえなし、
大量の洋服やコスメが無償で家に届くなんてうまい話があるわけないです。
巨乳になったなんて所詮わたしの妄想です。
服や化粧道具は自分で買い漁っていただけです。
それをあたかも、不思議なアカウントの力で願いが現実になったなどと思い込んでいただけなのです。
思い込みの力でコミュ力が上がったと勘違いし、男性スタッフに積極的に話しかけられるようになったのは、プラスに働いたと言ってもいいでしょうね。
まあコミュ力なんてものは、結局、試行回数に比例する物ではありますが。
バイト代のほとんどをファッション道具に費やして、金銭的に生活苦しくなっていたのも、心の病に拍車を掛けていたように思えます。
でもやっぱり一番の原因は、わたしの産みの親。
決して『お母さん』とは呼びません。
わたしの気持ちよりも、自身の再婚を優先した、あの人。
親という責務よりも、女であることを選んだ、あの人。
男に愛されることを、何よりも優先した、あの人。
わたしは、あの人の幻影として、ピンクちゃんを生み出しました。
思い返せばピンクちゃんとは、第三者を交えての会話をしたことがありませんでした。
彼女と話すのは必ず、わたしと1対1か。
わたし視点で、彼女と他のメンバーが話しているという描写だけ。
あの人とお父さんが話すのを、ただわたしが眺めている、という構図と一緒です。
現実の男性メンバーの目の前で、わたしが幻影のピンクちゃんと談笑などしていたら即病院搬送とのこと間違いないでしょう。
ピンクちゃんに話しかけて無視されているという現場もありましたが、あれは奇人認定ギリギリだたっと思います。
頭がおかしくなってしまった女の、心の内の羨望と憎悪の象徴が、わたしの世界に現れたピンクちゃんです。
そういうふうに割り切りっています。
さてさて、これにて先輩巨乳女の正体を丸裸にしてやりました。
彼女の幻影を打ち破って、今は割かし健康に生きております。
こんな駄文にお付き合いくださった、みなさま。
本当にありがとうございました。
これからも、なにか活動の記録をお話させて頂くことがあると思います。そのときはまた、何卒よろしくお願いいたしますね。
「いや、タイトル回収雑すぎだよ~」
わたしの後方から声が聞こえます。
今日はアルバイトも非番。家でひとり、まったりとしていたのですが。
彼女は急に現れました。
あたかもずっと、そこにいたかのように、自然に不自然に存在を主張してきたのです。
わたしは露骨に迷惑がる素振りを見せながら、ピンク色の服を身にまとった声の主に返事をします。
「なにか文句あるの? 幻影ちゃん」
出来る限りの冷たい声を出したつもりだったのですが、彼女は意にも介さず、ニコニコとした笑顔を浮かべます。
「なんか人を色情の権化みたいな言い草してさ~。傷つくな~って」
そう言いながらピョンピョンと跳ねるような動きをする彼女を、とても傷心していると思うことはできませんでした。
「わたしって、けっこうエッチなこととは対局に位置するものだと思うんだけどな~」
「そうかな。そんなことないと思うけど……。だったら、そんないやらしい身体つきにはならないんじゃない?」
「そう言われるとそうかも~。なんだかんだ言って、男ウケするし~」
「…………で。あのアカウントも、メッセージも、願いを叶えたのも。全部、あなたが不思議な力で起こした現象で、現実の出来事だって話だっけ? なにそれ、やっぱりあなた魔女とかなの?」
「魔女じゃないよ~。神様だよ」
「……神様」
「麻雀の、ね」
「ふうん……」
麻雀の神様。
お父さんがよく語っていたその存在が、まさかこんな身近にいたとは。
それも同じ職場でしたよ。驚きです。
「お父さんが……、麻雀の神様は麻雀を好きな人を嫌いだって言ってた」
「そりゃ、そうでしょ~。基本、麻雀って女ウケ悪いよ?」
「……なるほど」
「そもそも、わたし。女の子のほうが好きだし~」
「……なるほど?」
「麻雀はやるけど、そこまで麻雀にお熱じゃない女の子が好みです!!」
「ストライクゾーンが歪だね」
ピンク色の彼女は、わたしを指差して「正直、すっごくタイプだった」と言いました。
背筋にゾっとしたものが奔ります。
――――そんなに男からチヤホヤされたい?
あの言葉は『最近お前調子乗ってない?』という意味ではなく、もっとストレートな 物言いだったようです。『同性じゃダメ?』的な……。
「だから願いを叶える代わりに、『麻雀を蔑ろにするかのような試練』を出したんだ?」
「そうかもね~」
「でも結局わたしは、麻雀を選んだよ」
「うん……」
そのときはじめて、彼女の顔に暗さのようなものが浮かぶのを見ました。
そしてゆっくりと、しかし、いつものような間延びした口調ではない、彼女の強いおもいを感じさせる言葉を紡ぎました。
「わたしは麻雀に一生懸命な人が嫌い。誰にも麻雀を好きになんて、なって欲しくない。だって麻雀へ打ち込んだ熱意に対する対価を、わたしは返すことができないから。それだけの力を、わたしは持っていないから」
伏し目がちの彼女を、わたしはただ見つめます。
麻雀から得られる成果報酬は、掛けた時間に比例しない。
『麻雀続けても良いことないよ』
『早くわたしに愛想を尽かして、別の人との幸せを見つけてね』
そんなふうに思い、彼女は長く麻雀を続ける者にきつく当たるのだそうです。
馬鹿みたいだと思いました。
そんなの当事者からしたら、たまったものじゃないですよね。
虐待みたいなもんです。
「ごめんね。わたし、あなたの気持ちとか分かってあげられない」
「別にいいよ~。わかってくれなくても」
見慣れた笑顔に戻った彼女は「じゃあ、そろそろ帰りますね~。たぶんもう、会うことはないと思います」と言い、立ち上がりました。
「……あのさ。わたし、麻雀してるとき、すっごく楽しいよ」
そうわたしが伝えると、少し困ったような顔で
「……ありがとう」
と返してくれました。
その意趣返しのつもりか知りませんが、去り際に彼女がひとこと「そういえば、ずっと言いたかったんだけど。最近のお洋服、派手すぎて、ちょっとセンス悪いよ」と言っていました。
何を言っているんだ、あなたが送ってきた服だろう?
そう思いましたが、ハッと気づきます。
わたしは複雑な気分になり、ボフンとベットに横たわりました。
可愛いくて『ずっと』憧れていたものだったのですが、センス悪かったのですね。
あの人がなにを思って、こんな贈り物をくれたのかは分かりません。
あの人がなにを思って、わたしに辛く接してきたのかは分かりません。
でも、まあ。麻雀ほど理不尽なものではないでしょう。
多少の理不尽にも慣れてきましたし、そろそろ向き合ってみてもいいのかもしれません。
それで納得いかなかったら丸裸にでもしてやりましょうか。
そんなことを考えながら、わたしはアイフォンのメッセージアプリを起動しました。
終わりです。